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『過去のない男』(2002年)

食堂車と映画

 インスタグラムを始めたばかりの頃、いろいろな場所からポストされた写真を、朝早くに寝床で見るのが好きだった。誰かが自分宛に送ってくれた思いがけない絵葉書を手にしたような気分になるからなのだが、今年の夏はその嬉しさを久しぶりにたくさん感じた。

 オアハカに着いた友人は、その前に寄ったメキシコシティーで、予約を忘れたためにルイス・バラガン邸を見逃してしまったようだ。シチリアからローマに向かった友人は、25年前にぼくが取材した店を訪れてくれた。そしてチェンマイからバンコクへ向かう友人夫妻は、どうやら寝台列車で移動したらしい。素直な喜びが伝わってくるから、自分が旅に出られない悔しさなど微塵も感じさせない。

 前にチェンマイ駅に停車中のバンコク行き寝台列車を見たことがある。出発の数時間前で、当然ながら乗客はまだ誰もいないうえに、マイペンライの国だから列車のドアはすべて開け放たれていた。ホームを歩きながら、外から様子を伺っていたのだけれど、食堂車が連結されているのに気づき、まわりを見回してからおずおずと中に入ってみた。ふわっとタイ米の残り香が鼻腔をくすぐる。いったいどんなメニューが出てくるのだろうか。パッケージツアーの事前予約制食堂車ではない、いつでもお腹が空いた時に入れる食堂車があった時代は、こちらの財布の中身が乏しかったのでそこで食事をしたことがない。今度、チェンマイからバンコクへ移動する時は、この列車に乗ってみるのも面白いかもしれないと思った。

 映画に出てくる食堂車のシーンでいちばん素敵なのはアキ・カウリスマキ監督の『過去のない男』だ。主人公が頼む握り鮨と日本酒。いつか真似してみたい。ただ箸を置く位置は間違っている。

ys52_andcinema1.pngチェンマイからバンコクへ行く寝台列車は13時間ほどかかるそうだが、だいたいは遅れが出るらしい。食堂車は魅力を感じつつ、ぼくはやっぱり次回も飛行機移動を選ぶだろう。

文・岡本 仁
1954年北海道生まれ。編集者。マガジンハウスにて『BRUTUS』『relax』『ku:nel』などの雑誌編集に携わる。2009年ランドスケーププロダクツに入社し「BE A GOOD NEIGHBOR」を担当。最新エッセイ『東京ひとり歩き ぼくの東京地図。』が発売中。

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