『地球星人』ほど戦役的な恋愛小説を、私はほかに知らない。結婚の約束をしていえた小学生の奈月と由宇。ある夏、事件が起きてふたりは引き離される。やがて奈月は、「世界は人間が繁殖するための工場で、誰もが恋愛するように洗脳されている」と信じる大人になっていた。大人たちの暴力、社会からの抑圧。不条理な世界から身を守るため、少女が下した決断とその顛末とはーー。恋愛とは何か。幸福とは何か。反転した世界から常識に揺さぶりをかける、21世紀の愛の物語だ。物語は、雪で閉ざされた山奥でラストを迎える。「しんせんな雪ばかりふるしんせんな ぼくらの淡いほろびのために」。
その光景に立ち会っていたかのような短歌が載るのは『傾いた夜空の下で』。岩倉文也は、現実と空想の境界が見えないツイートでも注目を集める20歳の詩人。本書には詩、短歌、ツイートの「三つの詩型」を収録。鉱石のような言葉を振り子に、仮想からリアルまで自在に浮遊する、恐るべき新人の登場だ。「どこか遠いところに / 青いちいさな部屋があって / そこでカーテンはそよ風に / 静かにしずかに揺れていて」。
その詩から思い浮かぶのは、17世紀のオランダで描かれた小さな絵画だ。『フェルメール』は写真家の植本一子が、現存するフェルメールの全35作品に会いに7ヵ国17の美術館を旅したフォトブック。どの街で、どんな空間に飾られ、誰がその絵を見ているのか。シャシと文章で綴られた絵画の日常に心が踊る。
1.『地球星人』 村田沙耶香 新潮社 ¥1,728
2.『傾いた夜空の下で』 岩倉文也 青土社 ¥1,728
3.『フェルメール』 植本一子 ナナロク社 ¥2,160
文・矢部智子
ライター。著書に『東京建築散歩』など。3冊に連関するイメージのほかにも共通点がありました。少女を襲う「青い塊」、詩人が見た「だだっ広いあおぞら」、画家が拘った「ラピスラズリの青」。読書は楽し。