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Film16『女と男のいる舗道』(1962年)

灰皿への愛

自分の目で確かめてはいないが、御茶ノ水駅の近くにある喫茶店が全面禁煙になったようだ。ぼく自身はタバコを吸わなくなってから30年ほど経っているので、お茶の水界隈に用事があっても、いままでと変わらずその店を利用するだろう。ただ、残念なのはマッチと灰皿がもう見られなくなるということである。ともに串田孫一のデザインだったはず。友人によれば、長年にわたって使われ続けた灰皿を、全面禁煙を告知した後に、常連たちにプレゼントしていたらしい。その友人ももらって帰ったとのことだった。それを知っていたら、常連でもないのにぼくはのこのこ出かけていったに違いない。

同じお茶の水にあるホテルの灰皿は、誰のデザインかは知らないけれど、大ぶりの赤い洒落たものだった。それがレースのテーブルセンターの上にどんと置かれているのが見たいから、ロビーの喫茶室ではタバコを吸わないのにわざわざ喫煙席に陣取ってコーヒーを飲むのが好きだった。いまその灰皿は、メインバーの扉横に設置されたガラスケースの中に展示されている。

毎年のようにフランスを旅行していた頃は蚤の市に行くのが楽しみで、そこで探すものといえば、アンリ・サルヴァドールという歌手のシングル盤か、企業ノベルティーの灰皿と決まっていた。特に灰皿は値段が手頃だし、小さくて持ち帰るも楽だから、本来の機能としては自分にはようのない道具であるにもかかわらずたくさん買った。

そういえば映画の喫煙シーンをあまり観なくなったように思う。例えば、ゴダールの『女と男のいる舗道』から喫煙シーンをすべて抜いたとして、はたしてあの映画から感じる美しさや哀しさはまったく変わらないのだろうか。

ys57_andcinema.jpg たいがいは処分してしまったけれど、まだ家に何個か残っている、ただ眺めるためにだけ存在する灰皿。気に入ったマッチも探せばどこかからたくさん出てくるはずだ。

文・岡本仁
1954年北海道生まれ。編集者。マガジンハウスにて『BRUTUS』『relax』『ku:nel』などの雑誌編集に携わる。2009年ランドスケーププロダクツに入社し「BE A GOOD NEIGHBOR」を担当。鹿児島案内シリーズ第3弾『みんなの鹿児島案内』が発売中。

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