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偉人の真実、"ただ歩く"という冒険、愚直に受け継がれる味。

 尊敬すべき偉人、模範となる人生の師。そう信じてきたけれど、本当のあなたはどう思っていたの――。『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』は、幼い頃からヘレンと比べられて不満を募らせてきた著者が、思いのたけを綴ったもの。数多の伝記や著書を読み込み、視覚障害の当事者の立場から想像をふくらませ、聖人として神格化されてきた一人の女性の真実を浮かびあがらせる。常識に地殻変動を起こすパワフルな一冊だ。

 ヘレンにとっては、先生に文字を綴ってもらう手のひらが世界とつながる扉だった。『歩くひと』の主人公もまた、空き地で見つけた桜の木と対話するように、大きな手のひらを降り積もる花びらにそっと沈ませる。『孤独のグルメ』で知られる漫画家が遺した傑作が、完全版として復刊。男が街を「歩く」、ただそれだけの話なのに、わずかな視線の動き、心の変化まで捉えた緻密な描写が、読者を孤高の冒険へと連れていく。

 『歩くひと』の舞台は、子供や老人がともに暮らすどこにでもある街だ。「世代も背景もボーダレスな街には、みんなが知っていて、みんなが好きな食がいい。それはやっぱり洋食である」とは、東京や横浜の洋食屋32軒を案内する『東京の美しい洋食屋』の一節。朝倉グリルグランドのオムライス、恵比寿コルシカのイカスミのスパゲッティ。愚直に日々を積み重ねることで、受け継がれてきた味がある。そんな正しくて美しい店が街にある幸せを、今あらためて噛みしめたい。

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1.『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』 ジョージナ・クリーグ著 中山ゆかり訳 フィルムアート社 ¥2,200

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2.『歩くひと 完全版』 谷口ジロー 小学館 ¥2,750

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3.『東京の美しい洋食屋』 井川直子 エクスナレッジ ¥1,760




文・矢部智子
ライター。著書に『東京建築散歩』など。今年の春は近所を歩くことが唯一の楽しみで、未踏の道を見つけただけで興奮した。少しだけ『歩くひと』の境地に近づけた気がします。

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