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英文学者の農園ライフ、 暗闇によみがえる老女の記憶、世界の50の風。

 どこで進むべき道を踏み誤り、この本を読まない人生を今日まで生きてしまったのだろうか。おもしろすぎて、そんな後悔の念に苛まれる本がある。『ダダダダ菜園記』もそのひとつ。本書は喜寿を迎えた英文学者の、杉並での農園ライフを綴ったエッセイ。雑草がはびこる理由を「わたくしの徳を慕って集まった」と前向きに解釈したり、足首を狙う蚊に「昨日までボーフラだったくせに」と悪態をついたり。日々悪戦苦闘しながら、小さな種から芽が出て蔓がのび「野菜」の形となっていく不思議に心躍らせる。その色褪せぬ好奇心と気ままな語りが、たまらなく楽しい。

伊藤翁は食堂の窓から農園を眺めていたが、キッチンの窓から解体中の向かいの家を見ていたのは『ウィステリアと三人の女たち』の主人公である。夫との生活に違和を感じている「わたし」はある夜、向かいの家に忍び込む。その暗闇に、かつてここで暮らした老女の記憶がよみがえる。美しい言葉に絡めとられ、孤独の闇の奥深くへと誘われる傑作だ。物語は、老女に「強い風が吹く」場面で大きく動く。古来から風は、人びとに恐れや喜びをもたらしてきた。

『窓から見える世界の風』は、各地の風土や気候から生まれ名付けられた、世界の50の風を集めて言葉と絵で紹介した一冊だ。アラビア海の商人に船出の季節を告げるインドの「エレファンタ」。霧が川を下る愛媛の「肱川あらし」。nakaban が描く窓を揺らす風の絵が、その音や湿度まで伝えてくれる。


ys55_book01.gif1.『 ダダダダ菜園記 明るい都市農業』 伊藤礼 ちくま文庫 ¥799


ys55_book02.gif2.『ウィステリアと三人の女たち』 川上未映子 新潮社 ¥1,512


ys55_book03.gif3.『窓から見える世界の風』 福島あずさ著 nakaban絵 創元社 ¥1,728

文・矢部智子
ライター。著書に『東京建築散歩』など。『ダダダダ菜園記』の「ダダダダ」とは、伊藤翁愛用の耕耘機の音。本文では50字近くこの「ダ」が並ぶあたりにも、伊藤翁の天衣無縫ぶりがうかがえるのです。

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