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『いたずら椅子』(1957年)

時代と映画

 ほとんどの映画は、ある時代のある場所のある人物についての物語だ。映画が、どの時代のどの場所のどの人物にも通じる物語であることはなかなか難しい。

 ジム・ジャームッシュの映画『パターソン』の最後のほうに登場する日本人詩人が、主人公のパターソンに言う。「Poetry in translation is like taking a shower with a raincoat on」。もちろんぼくはこのセリフを画面の端に書かれた日本語字幕で読んでいる。字幕を介して映画を観ることは、まさしくレインコートを着たままシャワーを浴びるようなものなのかもしれない。

 日本映画ならば言語の問題はない。でも例えば、ぼくの好きな小津安二郎の『お早う』について考えてみると、「テレビを買ってほしい」ということが物語展開のキーになっているのだから、「テレビのない時代があった」ことを知っているか知らないかで、感じる可笑しみはずいぶんと違うはずだ。映画はなかなか時代と無関係ではいられない。

 セリフのない、何かを読み取ることのできる背景もない映画を探したら、ノーマン・マクラレンを思い出した。直接フィルムに絵を描いたりひっかいたりして制作した作品や、人間をコマ撮りしたピクシレーション作品で、200以上の賞を受賞した実験映像作家だ。

 1957年制作の10分間の短編『いたずら椅子』が特に素晴らしい。黒い背景の前には男が1人と特徴のない椅子が1脚。男が椅子に座ろうとすると椅子が勝手に動いて座れない。すべては身体的な動きの面白さのみで表現されていて、セリフは一切なくBGMだけ。男と椅子の動きに見事にシンクロした音楽は、シタール奏者のラヴィ・シャンカールとタブラ奏者のチャトル・ラルによる即興演奏だ。北インド古典音楽をBGMに選んで、作品をよりタイムレスなものにしたマクラレンのセンスに脱帽してしまう。

ys53_andcinema01.jpg演奏者であるラヴィ・シャンカール自身が、北インド古典音楽を構成する旋律や拍子について英語で解説するナレーション入りのCD『The Sounds of india』が、ぼくのインド音楽の入り口だった。

文・岡本 仁
1954年北海道生まれ。編集者。マガジンハウスにて『BRUTUS』『relax』『ku:nel』などの雑誌編集に携わる。2009年ランドスケーププロダクツに入社し「BE A GOOD NEIGHBOR」を担当。最新エッセイ『東京ひとり歩き ぼくの東京地図。』が発売中。

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