リレーエッセイ 本をめぐる物語 vol.05
リレーエッセイ 本をめぐる物語 vol.05
本を読むのが苦手なのに
坂井 治アニメーション・絵本作家
写真:鍵岡龍門

 本を読むのが苦手です。
 私の仕事は、アニメーションや絵本など、おはなしを考える力が必要な仕事が多いです。さぞかし多くの本を読んできたのでしょうと思われがちです。そして、その度に謝りたくなります。
 私は、子どもの頃から今も、本を読むことが苦手です。今まで騙し騙しやってきましたが、こればかりはどうにも嘘をつく訳にはいかないようです。 子どもの頃の読んだ本なんて聞かれたら、当時のだいたいの男の子なら読んでいたドラゴンボールとスラムダンクを答えざるを得ないほど本が読めませんでした。「本をめぐる物語」という中で、私は何の告白をしているのかと、ちょっと混乱しますが、本に関してのエピソードを考えれば考えるほど、このことを書かずにはいられないように思えてしまいます。

本は好きなはず

 でも、本が嫌いなのではありません。本は好きと言いたいです。でも、だいたいの本は最初の10ページくらいで断念してしまいます。30ページも読めたら、これは面白い本だなんて浮かれるのに、気づいたら読まなくなっています。半分も読めれば、他人には「それ読んだ」なんて言ってしまったりして、後悔することが常です。もちろん、読み切れる本もたまにあります。でも「その内容は?」「どこが良かった?」なんて聞かれた時には、その場から逃げ出したくなります。なぜなら、その内容をほとんど忘れてしまっているのです。仕事柄「本を読めない」というのは、恐ろしい欠陥に感じてしまいます。それこそ、絵やアニメーションや絵本の道を行きたいなんて思ったからには、いろんな本を読んでいなくてはいけないという強迫観念もあります。絵の道を志してから、驚くほど積極的に本を読み漁っています。気づけば本棚にもたくさんの本が積み重なるようになりました。でも、その実、ほとんど読めていません。やっぱり本を読むのは苦手です。

坂井治さんがこれまで作ってきた本
「表現したい」

 そんな私が「絵本を作りたい」と思うようになってしまったのです。もう20年近くその思いは続き、本当にありがたいことに何冊かの絵本に携わらせてもらいました。そして、図々しくも、もっと絵本の表現を探っていきたいと思ってしまい、始末に負えません。
 どうして、本を読むのが苦手な私が、他人様に向けて、物語を語ったり、文章を書こうなんて思えるのか。どれだけ自信家なのか、どれだけ無神経なのか。そういうところもあるのかもしれませんが、自分が文章を書く力に長けているなんて思えたこともありません。もちろん褒められれば、簡単に天狗になりますが、やっぱり一時的です。それでも、こうしておはなしを考えたり、言葉にしたりするのは、なんでなんだろうと考えていくと、ありきたりの言葉になってしますが「それを表現したい」って思い続けているからのようです。おそらく、ただそれだけのようです。それだけかと気づき、また恥ずかしくなります。だから「表現に恥はかき捨て」ということになるのだと気づきます。

1シーンから膨らんでいく

 書きながら気づきましたが、私の場合「おはなし」は「書くもの」「話すもの」というより「作るもの」と思っているようです。それは、私がアニメーションの仕事をしてきた経緯にも関わっているかもしれません。私は、絵描きになりたくなって絵の世界に入り、美術を学ぶ中でいわゆる「アートアニメーション」に出会いました。絵画が動き出すようなその映像表現に魅了され、その出会いから「自分の絵でアニメーションを作っていきたい」と思うようになりました。ありがたいことに20年近くアニメーションの仕事を続けられています。
 私が作りたいアニメーションを考える時「あの絵が、こう動いたらいい」とか「こんな絵がああ芝居するといい」とか、そうした1シーンから膨らんでいくことが多いです。頭に思い浮かぶシーンを描き重ねて、そのシーンをどうつなぐと、物語として成立するか。思い浮かんだシーンが見る人に伝わるか。そんなパズルのような作業を繰り返します。そうしてだんだんアニメーションの「おはなし」の形ができてきます。

プラネタリウム番組「おおきなぞうとあっちゃんの星」2019
監督・アニメーション 坂井治 (声:石川浩二・松倉如子 ほか)

 絵本を作る時も、同じような作り方をしているように思います。やはり最初は1枚のシーンが浮かんだり、それにあわせて「言葉」も単語やちょっとした一言が浮かんだりしてきます。そのイメージが膨らみ始めると、その絵や言葉が浮かんでは消え、なんとかかき集めて並べてみては、伝えたいことが形になっているか眺めます。そこから試行錯誤が始まっていきますが、だいたいは中途半端に終わっていきます。そうやって、いつのまにか投げ出たおはなしもたくさんあります。その度に「ああ、もっと本を読んでおけばよかった」と思います。そして、本を読もうとして読みきれず、また落ち込みます。

坂井治『くも』(すぐに おわる はなし シリーズより)

 でも、読みきれなかった、あるいは、忘れてしまった数々の本に意味がなかったかというと、そうでもないようです。読めないなりに触れてきた本の断片が、ある時ふっと浮かび上がったりして、突然、絵や言葉を広げてくれたり、繋げてくれたりします(でも、それがどの本のどの部分だったかまで思い出せることはなかなかありません)。浮かび上がってきた感覚を元に、改めていろんな本をめくったりしながら、ちょっとづつ言葉の幅を増やしたり、イメージした絵の連なりに合うか探ったりしているように思います。
 そして、数ある内のいくつかが、偶然や出会いに恵まれて、絵本などの形になりました。それぞれの作品が、その表現のベストかと言われると、私はいつも自信がなくなります。ただ、なんどもなんども絵や言葉を組み替えて、粘土をこねくりまわすように試行錯誤を繰り返す、その過程だけが、作品を支えてくれているような気がします。

坂井治『13800000000ねん きみのたび』(光文社)
『もりの ゆうびんきょくの おはなし ぽすくまです!』(白泉社)
坂井治/文 中丸ひとみ/絵
本を読むのは苦手だけれど

 こうして書き連ねることで、私と「本」の関係性が、頭の中で少し整理されます。苦手だけど嫌いでない本の中から、ページをめくったり、文字を追いかけて、読みかじった言葉から湧いてきた情景や感覚が、体のどこかにうっすら染みついているような気はします。それは、具体的な言葉やあらすじの記憶は消えてしまっているけれど、何も残っていない訳ではないという感覚です。こうして残るものがあるから、本もまた手に取りたくなります。
 この流れで言うのも恥ずかしいですが、好きな作家もいますし、よく思い出す本もあります。本当の本好きと語り合う自信はないですが、自分なりのさまざまな本の記憶があります。

 これが私の本の楽しみ方のようです。というより、そういう風にしか本を楽しめない体のようです。本の世界にどっぷり浸かっている人たちに出会う度、羨ましくなります。でも仕方ないです。私のような人は、普通「本を読めない人」になるのかもしれません。それも仕方がないです。でも、本が嫌いなわけではありません。本を読むのは苦手だけれど、本が嫌いではない私が、本の好きなところを説明すると、こんな面倒なことになってしまうようです。
 これからも、絵本はもちろん、私が支えられてきたアニメーションの仕事をするために、たくさんおはなしを考えていきたいと思っています。

坂井さんが徹夜明けによく来ていた別所坂児童公園。

(企画・編集 新谷佐知子/川内有緒)

恵比寿に関するQ&A

Q1恵比寿との縁は何ですか?
2021年まで勤めていた映像制作会社「ROBOT」のオフィスが恵比寿にあります。もともとは祐天寺で働いていたんですよ。アニメーション作家4人で2~3年くらい。その後、2005年に恵比寿の「ROBOT」に全社員が大集合しました。トータルだと18年くらいは恵比寿と関わってきた感じですね。性格的に、会社員を長く続けるイメージがなくて早々に辞めるんだろうなと思っていたんですけど、ROBOTには面白い人がたくさんいて。長いこと恵比寿にいましたね。
Q2よく行くお店はどこですか?
ROBOTに所属して最初の10年くらいは夕飯を食べに行くことが多かったので、居酒屋とか夕飯を食べるところは色々と馴染みがありましたね。「こづち」という定食屋にはよく行きました。焼き鳥の「たつや」とかね。坂の下の「恵比寿18番」も馴染みの店ですね。あとは「ぶた家」、「恵比寿らっきょ」。ROBOTといえば、「らっきょ」と色んな人から聞きました。恵比寿西の五叉路の6階にあるんですよ。会社の先輩がお店に詳しかったので、連れて行かれて「あ、こんなお店あるんだ!」って覚えていく感じでしたね。
Q3恵比寿の好きな場所はどこですか?
ROBOTがある通りの坂を上がって、細い階段をずっと上がって行くと公園(別所坂児童公園)があるんですよ。中目黒の方面に降りて行く方向ですね。最初の10年くらい、まだ徹夜もよくあった時代に、会社から出て息抜きしようと思って行っていましたね。ここはちょっと見晴らしが良くてね。今はだいぶ景色が変わっているかもしれないんですけど。徹夜続きの時って本当に滅入るんですよ。朝方に眠ってぼんやりしていると昼になっちゃうんで、スイッチを切り替えるためにふらっと歩いて、公園で伸びをして帰ってきてましたね。
Q4恵比寿はどんな人たちがいる?
恩師の野村辰寿さんはROBOTの創設時の時からの人で、僕はその人に声をかけてもらって仕事をするようになったんですよね。そこに集まるアニメーションのクリエイターたちと毎回チームを作って、プロジェクトをやって。そういう人たちはみんな「学生の頃から絵を描いてきました」「アニメーションをやりたいんです」という思いがある人たちばっかりでしたね。アニメーションまわりやROBOTだけでなく、街の印象としては、何かを目指している人、モチベーションの高い人たちが多い気がしていました。
Q5恵比寿の魅力は?
「出会いの場」っていう感じがありますね。ここ数年は自宅で仕事しているので、打ち合わせは喫茶店とかに行って話すんですけど、ROBOTに毎日通っていた頃は、恵比寿に多彩な人が集まってくるというような印象でしたね。恵比寿に根付いている人たちも面白い人がいっぱいいると思うんですけど、そこに外部の人たちが入り乱れていろんな面白い人たちが集まっている街、という感じがあります。この人は地元の人かな?と思ったら全然違うところから来た変な人、みたいなね。笑
  • 坂井 治(さかい・おさむ)

    様々な分野のアニメーション作品の監督、演出、企画などを⼿掛ける。アニメーションの他にも、絵本、イラストレーションなど幅広く活動をしている。
    主な著書に『もりのゆうびんきょくのおはなし ぽすくまです!』(絵:中丸ひとみ/白泉社)、『13800000000ねん きみのたび』(光文社)など。
    https://sakaiosamu.info

  • ROBOT

    1986年の創業時から恵比寿に拠点を置く映像制作会社。テレビCM、劇場映画、ドラマ、デジタルコンテンツ、アニメーション、グラフィックデザインなど、様々なメディア領域に向けた作品づくりに取り組んでいます。代表作は映画「ALWAYS 三丁目の夕日」、「ちはやふる」、「つみきのいえ」など。
    https://www.robot.co.jp/

2021.10.23