リレーエッセイ 本をめぐる物語 vol.01
写真集とのつきあいかた
飯沢耕太郎写真評論家/ 写真集食堂めぐたま 写真:鍵岡龍門
写真集は、本の中でもかなり特殊なものといえる。
テキスト(文字)ではなく、写真が中心というだけで普通ではないが、その形態もかなり変わっている。書棚に入り切れないほど大きいもの、分厚いもの、前方に突き出てしまうものがあると思えば、文庫本サイズの小型本もある。装丁やデザインも凝ったものが多いし、どうしても少部数になるので値段も高くなる。以前、「写真集の三重苦」として「(値段が)高い、重い、かさばる」を挙げたことがあるのだが、けっこう始末に負えない本のジャンルといえそうだ。
とはいえ、写真評論家という職業柄、どうしてもこの厄介な写真集たちとおつきあいしていくしかない。自分で買う場合もあるし、出版社や写真家の方たちから送っていただくこともあるのだが、長年仕事をしているうちにどんどん増えてきて、書棚から床にはみ出し、家のあちこちを占領するようになった。なんとかしなければならないと思っていた矢先に、画期的なプランが持ち上がった。それが6年前(2014年)に開業した「写真集食堂めぐたま」である。
「日本のおうちごはん」と5000冊の写真集
家人のときたまさんの実家の土地の一部が空いたので、おかどめぐみこさんがマネージメントする「日本のおうちごはん」の食堂をはじめることになった。そこに写真集のライブラリーを併設したのだ。作りつけの書棚におさめることができた写真集の数は約5000冊。これでも蔵書全体の半分にも満たないが、わが家のスペースにはだいぶ余裕ができる。片方の壁に日本の写真集、もう一方に外国の写真集を、ほぼ年代順に並べるという配列にしたことで、大事な写真集が見つからずに、一日中捜しまわるということもほぼなくなった。
おいしい食事を楽しみながら、自由に好きな写真集を閲覧できるという「めぐたま」は幸い好評で、順調に運営を続けていた。ところが、いきなり「コロナの春」が到来して、休業せざるを得なくなった。でも、ただ休んでいても仕方がないということで、急遽2020年4月から開始したのが「写真集千夜一夜」である。「めぐたま」の蔵書から僕が一冊選んで、ページをめくりながら解説していく。それをYouTubeでライブ配信するという企画だ。
当初は金、土、日と週3回、夜9時から配信していたのだが、さすがにきついということで日曜日だけになった。それでも第一夜の森山大道『にっぽん劇場写真帖』を皮切りに、植田正治『童暦』、川内倫子『うたたね』、ロバート・フランク『私の手の詩』、ウィリアム・クライン『ニューヨーク』など、既に配信は三十夜を超えている。ライブだけでなくアーカイブを視聴することもできるので、ぜひ一度、覗いてみていただきたい。
「飯沢耕太郎の写真集写真集千夜一夜」 ソール・ライター『アーリー・カラー』を解説した回
「図鑑型」が伝える人間の不思議さ
ところで、「写真集千夜一夜」を始めた時から、取り上げたいと思っていた写真集があった。小原健の『ONE』(築地書館、1970年)である。あまり馴染みのない写真家だと思うが、1960年代にニューヨークに渡り、ファッション写真の第一人者、リチャード・アヴェドンの助手を務めたというユニークな経歴の持ち主である。『ONE』はその彼の代表作なのだが、紹介するのはなかなかむずかしい。さっき挙げた「高い、重い、かさばる」の「三重苦」の典型のような写真集だからだ。
小原健『ONE』(築地書館、1970年)
なんと、表紙も入れて500ページ。電話帳のように分厚い写真集だ。写っているのは、小原が暮らしていたニューヨークとその近郊の住人たちの顔、顔、顔である。老若男女、もちろん白人も黒人もアジア人もいる。それらの顔を、ちょうど輪郭のところで切りとるようにレイアウトして並べている。僕が「図鑑型」と呼んでいる写真集のタイプがある。どう撮るのかというコンセプトをあらかじめ決めて被写体を撮影し、それらの写真を同じレイアウトで、ただただ羅列していくようなスタイルの写真集だ。『ONE』はまさに「人間図鑑」の極みといえるだろう。
ページをめくっていくと、人間という存在の不可思議さ、奇妙さがじわじわと伝わってくるいい写真集なのだが、全500ページをライブ配信で見せるのはかなりむずかしい。いろいろ考えて、こんなやり方に決めた。ときたまさんと、おかどさんに手伝ってもらって、ひたすらページをめくり続ける。その間に僕がウクレレで曲を弾き続けるというものだ。曲はジョン・レノンの「イマジン」。フレーズの繰り返しが多いこと、それと歌詞に「ONE」という言葉が出てくることが、この曲を選んだ決め手になった。「But I’m not the only one」、「And the world will live as one」と2回も出てくる。
8月23日夜9時からの「写真集千夜一夜」で実際にやってみた。全ページをめくるのに30分ほどかかり、見ている方も大変だったのではないかと思うが、何とか最後までやり切った。けっこう疲れたが、それなりに面白かった。いまのところ反響も悪くないので、今後もただ喋るだけでなく、パフォーマンスを取り入れたライブ配信を考えていきたいと思っている。
『ONE』もそうなのだが、写真集には本当にいろいろな種類がある。その内容と形態の多様さは、現実世界の多様さと見合っている。写真集は、厄介だがとびきり魅力的な恋人のようなものだ。これから先も、末長くつきあっていくしかないだろう。
●「写真集千夜一夜」https://www.youtube.com/channel/UCpF3CBtjdI7nGJNSvps54Zg
企画・編集 川内有緒 / 新谷佐知子
恵比寿の暮らしQ&A
Q1 恵比寿との縁は何ですか?
恵比寿に住んで30年以上になりますね。娘が生まれる時に、ときたまさん(妻)の実家がある恵比寿に来たのがきっかけ。最初は恵比寿南に4〜5年いて、その後広尾1丁目に20年以上いましたね。今は、「写真集食堂めぐたま」(以下「めぐたま」)の隣に住んでいます。中庭でぶどう棚を作ったりしてね。
Q2 よく行くお店はどこですか?
「めぐたま」があるからあんまりよく行くところもないんだけど、アトレ西館の「猿田彦珈琲」かな。あとは恵比寿駅構内にある「アンティコカフェ」。お茶を飲んだりネットを見て仕事したりね。
あと食べに行くとしたら、タイ料理には結構行くか。駒沢通りにある「ブルーパパイヤ」という店。かなり本格的で美味しいですよ。
(本屋は)「NADiff a/p/a/r/t」もあるし、ちょっと行けば「代官山 蔦屋書店」もあるしね。
Q3 恵比寿の好きな場所はどこですか?
「東京都写真美術館」があるので、恵比寿ガーデンプレイスには結構行きますね。あと実は、「めぐたま」の裏側がなかなか良いところで、國學院大學に行く途中に氷川神社があってね。あのあたりは人もそんなにいないし、静かで桜も綺麗だし、いい感じですよ。広尾中学校、広尾高校、國學院大學、実践女子大学、この辺はわりと学校地帯でね。散歩にはなかなかいいんですよ。
Q4 恵比寿はどんな人たちがいる?
恵比寿はやっぱり面白い人が多いですよね。クリエイターもたくさんいるし。昔から住んでいる人たちとか、この場所が好きで外から来て住みついた人も結構いますよね。「めぐたま」は面白い人を呼び寄せる場所ですよ。地元の人も来るし、クリエイターもたくさん来るしね。コロナの休業中も、毎日誰かが立ち寄っていきますよね。お茶飲んだりご飯食べたりね。勝手に常連さんが仕切って、グリーンカレーを作ったり粉物パーティーをしたりね。
Q4 恵比寿の魅力は?
最近、ときたまさんがスマホで街の写真を撮っているんだけど、それを見てるといろんなものがあるっていうか、バリエーションが多いなと思いますね。多様性というかね。日本人だけじゃなくて外国の人もたくさんいるしね。蔦が絡まる古い建物もあれば、新しく建て替えたビルもあったりね。均一じゃないのが恵比寿の魅力かなと思いますね。 恵比寿ってときどき変なお店ができるじゃない。最近、「めぐたま」の近所に高級牛肉専門店「la boucherie bonheur(ラ・ブッシェリー・ボヌール)」がいきなりできたんだけど、見た?そういうのが面白いよね。
飯沢耕太郎(いいざわ・こうたろう)
写真評論家。1954年、宮城県生まれ。1977年、日本大学芸術学部写真学科卒業。1984年、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書1996、サントリー学芸賞受賞)、『キーワードで読む現代日本写真』(フィルムアート社、2017)など著書多数。執筆活動のほか、写真展覧会の審査、企画等も手がける。
写真集食堂めぐたま
からだにやさしいご飯メニューと、写真集のライブラリーが併設された食堂。写真評論家・飯沢耕太郎蔵の写真集5000冊が自由に閲覧できます。 写真関係は飯沢耕太郎さん、おいしいご飯はおかどめぐみこさん、イベントはときたまさんが担当しています。
住所:
東京都渋谷区東3−2−7-1F
営業時間:
平日 11:30~23:00(L.O22:00)
土日 12:00~22:00(L.O21:00)
定休日:月曜日・祭日
TEL&FAX:
03-6805-1838
※新型コロナ感染拡大に伴い営業時間が変更されることがあります。お電話で確認ください。
2020.9.11